コードレス子機付き電話機 JD-N77CL
<2005年>
前回ご紹介した電話機JD-N82CL
のデザイン開発の後
K氏は携帯電話事業部へ転勤となりましたが
私は引き続き電話機担当グループの係長として
電話機デザインの開発に携わります。
前出のJD-N82CLのデザイン開発の後
ラインナップのボトムモデル
JD-N77CLのデザイン開発依頼が来ました。
これは前回K氏がデザインし
シャープの電話機デザインの方向性
を変えたモデルの後継となります。
今回の私のミッションは
JD-N75CL ▶ JD-N82CL と
デザインの流れを変え
新しい方向性を創ってきた中で
メーカーとしての統一性を保ちながら
新しいデザイン表現を加えていくことです。
子機は前回の JD-N82CLと 共通金型です。
この頃世の中は徐々に
携帯電話が普及し始めてきたころです。
とはいえ携帯電話の通話料はまだ高かったので
家庭では固定電話機が主役でしたが
親機主体からコードレス子機主体に
変わってきていました。
普段は子機/緊急用として親機
といった感じでしょうか。
人によっては
子機はリビングのすぐ手が届くところに置くけど
親機は棚の上(邪魔にならないとこ)
に置いてるよ、という人もいました。
そんな背景もあり親機は出来るだけ
シンプルでコンパクトなデザインにし
リビングなどの生活空間にフィットする
生活雑貨品の様なテイストを
狙っていく事にしました。
ローコストモデルなので凝った仕上げはNG
シンプルでさりげなくどこにでも置ける
そして何か愛着を感じるようなデザインです。
いろいろとデザイン案を検討していく中で
本体色に対し
ハンドセットとダイヤルキー(12キー)
をワンセットのアイコンと考えアクセントカラー
にするデザインで進めることにしました。
アクセントカラーによるカラーバリエーション
グラフィックデザイナーの I 君にも力を仮り
カラーバリエーションのスケッチ
展開して行きました。
子機も金型はN82CLと共通ですが
コストダウンの為着信LEDを無くす代わりに
スピーカー周りに着けていた
着信インジケーターパーツ(半透明)と
カーソルキーセンターの決定キーを親機の
ハンドセット+12キーのカラーに合わせる事で
子機にもアクセントカラーを加えたデザインに。
またアクセントカラーを活かす為
当時液晶のバックライトには黄緑やオレンジ
が一般的でしたがこれを白いバックライトに
液晶内のダイヤル書体や12キーの書体も
新しくデザインし提案することにしました。
従来カラーバリエーションと言えば
本体色全体のカラバリが一般的で
1部のパーツのみのカラバリというのは
珍しいですしそれがまた新しのでは
と考えました。
ただ1つ大きな課題がありました。
それは、今までボトムラインの商品で
カラバリ展開なんてしたことが無い
という事です。
しかしこのカラバリはちょっと魅力的でしたし
最終的に1色展開なら1色展開でも構わないと。
もしデザインの魅力が関連部門の方々や
事業部長・事業本部長にご理解いただければ
ひょっとして可能性が無いとも言えず
とにかくダメ元で提案する価値はあるのでは?
と考えました。
幸い企画部メンバーは肯定的な意見でしたし
当時の事業部長も事業本部長も
頭の柔らかい方で比較的若手の提案に
耳を傾けてくれるタイプでした。
そう考えると逆にワクワクして来て
企画会議では思い切って5色のカラバリモデル
を作り大風呂敷を広げることにしました。
本体は限りなくホワイトに近いパールシルバー
アクセントカラーは
ブラックメタリック・シルバー
ブルーメタ・グリーンメタ・ピンクメタ
の5色です。
企画会議でのデザイン提案
企画会議でのデザイン提案は常に緊張します。
しかしプレゼンを行い好評を得られると
これ以上の喜びはありません。
この時も私は
あり得ない5色展開のモデルをテーブルに並べ
カラー展開の必要性を滔々と説明しました。
1色でもいいデザインですが
カラー展開することでその魅力が倍増します…
是非やらせて頂けないでしょうか!
的な感じだったと思います。
結論としては5色は無いにしろ
3色展開を検討する という方向で
最終的には、シルバー・ブルー・グリーン
の3色で商品化することになりました。
商品化へ向けて
デザイン提案→デザイン決定と
順調に進めて来れましたが
この後製品化に向けて一苦労する羽目になります。
この頃、ちょうど家電製品は
国内生産の必要のある技術を用いた商品以外は
タイ・中国・マレーシアなどアジア諸国での
生産に移行しており、この電話機も中国で
生産されることになりました。
実はこの電話機
ボトムのモデルにしてはカラバリを増やしたり
液晶のバックライトLEDを
黄緑・オレンジからホワイトに替えたり
(ホワイトのLED方が高い)
シルバーモデルのキー印刷色に
高輝度のインクを使ったりと
コストアップになる要因も少なくなかったのです。
しかしながら生産を中国で行う事から
コスト見積もりも中国の生産会社に委託したため
何とかターゲットコストに収める事が出来た
というわけです。
プロダクトデザイナーは
企画会議でデザイン決定された後
デザイン仕様を設計技術部門へ移管します。
まずは外観形状
この頃はまだ2次元のCAD図面でした。
2次元の外観図面を技術部へ移管すると
技術部はそれをベースに内部機構を検討します。
大まかな全体のサイズや設計条件は
事前に確認したうえでデザインしていますので
より詳細な設計検討が始まります。
デザインによりキャビ構成が決まり
上キャビと下キャビをどう組み合わせ
どこにツメ(キャビを止める)を持ってきて
どこでビスを止めるか。
ボタンとボタンの間隔や大きさは適切か
電源端子・電話線端子と刻印のレイアウト
コ―ションラベルの大きさと貼る位置
放熱の為の穴をどこにどれくらいの大きさで
どのくらいの面積必要か…などなど。
こういったやり取りを技術部と行いながら
1か月ほどかけて最終の設計状にしていきます。
外観形状が決まったら次は色や仕上げです。
各部品ごとにどんな素材を使って
どんな成型色にするのか?
塗装や印刷を施す場合は色見本と色番号を
商品のデザイン仕様に関わる事すべてを
部品ごとに一覧した「デザイン仕様書」と
樹脂の成型色・印刷色・塗装色をまとめた
「色見本」を発行します。
ここまででデザイン移管は終了となりますが
実は今回のデザインで提案している本体の塗装色
限りなく白に近いホワイトシルバー
これすごく難しいんです。
普通シルバー色は光が当たると白く
影になるとグレーになり決して白くはなりません。
パールは光が当たると白く輝きますが
影になると黄ばんだ白になります。
私たちが求めている
限りなく白に近いホワイトシルバー
を実現しようとすると
白い成型樹脂が半分透けるような
透明度のあるパールとメタリックを混ぜ合わせた
塗料が必要なんです。
そのためには成型樹脂メーカーさんと
塗料メーカーさんの協力が必要になります。
どちらも日本を代表する大企業ですが
我々はデザインモデル作成時に創った色見本を
塗料メーカーさんに送り
事前に塗装色を検討してもらいます。
1週間ほどしてほぼ狙いに近い塗料が出来たら
今回の様に難しい色の場合は
デザイナーが塗料メーカーさんに出張して
最後の詰めを行います。
塗装色の立ち合い(塗料メーカー)
日本を代表するM塗料メーカーさんの
研究開発工場は埼玉県の入間市です。
関西からですと早朝家を出ても昼前に到着
そこであらかじめ検討して頂いてた色見本を
確認させて頂き様々なトライをお願いします。
もう若干色味を青く振ったもの
メタリックやパールの粉を増やしたり減らしたり
パールやメタリックの量が変わると
色も変わりますしパールの種類も色々です。
塗装職人さんとこうしたやり取りを半日くらい
行い、幾つかの塗装サンプルを作成頂いて
最終の塗装色=塗料を決めます。
今まで国内生産の場合は量産前の試作段階で
このようなトライをすれば良かったのですが
今回は中国生産なので
最初に樹脂成型色と塗料を決めてから
中国の工場で再現させるというやり方をしました。
中国での生産立ち合い
金型も上がりいよいよ中国での生産が始まります。
今回生産を委託する中国の会社はシャープとの
合弁会社で、社長は中国人ですが経営幹部の中に
元シャープの電話機の技術者の方がいました。
こちらの要望も良く聞いて頂き
前向きに協力して頂きました。
私は初めに本体の成型色の立ち合いを行い
次に日本で調整した塗料を
中国のM塗料さんで再度色確認させて頂き
生産委託会社で成型した樹脂に塗装し
最終の色に近づける調整を行っていました。
その間、各パーツの成型色・印刷色の確認を
前パーツ毎日毎日全てOKするまで
おおよそ10日ほどかけて行います。
例えば
キーの印刷色の立ち合いなどは
生産委託会社の下請け会社になり
いわゆる小さな町工場です。
日本の下請け工場さんでも
塗装や印刷の色立ち合いに明日何時に伺うと
連絡していれば、到着した時には
最初の色サンプルが上がっていて
直ぐにジャッジを行え
スムーズに仕事を進められます。
中国では…
我々が到着すると
「ようこそいらっしゃいました」
と主人が挨拶に来ますが、その後は
「後は頼んだよ」と職人に丸投げです。
日本の職人は
自分の仕事にプライドを持ってますので
こちらがどんな難しい要求をしても
ベストを尽くして答えようとしてくれます。
俺に出せない色は無い! 必ず答えてやる!
という感じですね。
中国人は基本的にオーナーが偉い人
職人は使用人(格が低い)という意識が強く
基本、職人にプライドはあまりありません。
ですから色が出ないとインクが悪いとか
道具が悪いとかできない理由を並べ立て
直ぐにギブアップします。
*中には少数ですが職人気質の人もいましたが…
求められてるクオリティーが出てなくても
時間が来たら仕事終了
続きはまた明日‥‥という感じ。
ひどいときは我々が到着しても
部品がまだ届いてないから作業に掛れないな~
などと平気で言われることもありました。
中国は土地が広いので
1つの立ち合い現場に向かうにも
半日かかることも珍しくありません。
よく言えばおおらか、悪く言えばいい加減。
この仕事に対するクオリティーの意識の差と
時間のルーズさには
この後も悩ませられ続けるのですが
この時代の我々日本人ビジネスマンが受けた
グローバルビジネスからの洗礼なんでしょう。
こんな苦労…
というか新たな経験を積ませてもらいながら…
なんとか生産に間に合わせ商品化することが出来ました!
最後に
我々モノ創りの現場では
否応なく中国人とのお付き合いが始まりました。
現在の中国のモノ創りレベルは
日本を超えるレベルになってきている
ところもあります。
(勿論会社によりけりですが…)
またこういった現場レベルではなく
設計レベルで日系企業で働く中国人は
メチャクチャレベルの高い人達です。
現在シャープのデザイン部門にも
何人かの中国人デザイナーが入っていますが
彼らはとても優秀な人達です。
皆さんが電気屋さんで見かける
1万円位の安い商品でも
デザイナーや技術者が一生懸命
良い商品を創ろうと頑張っている事を
ほんの少しでも知っていただけると嬉しいです!
最後まで読んで頂きありがとうございました。