プロダクトデザインの仕事 JD-S10CL

 

デジタルコードレス電話機 JD-S10CL

<2005年>

 

私が今まで携わったデザイン開発の中でも

最も想い出深い商品の1つです。

 

ちょうど携帯電話が流行り出した頃で

家庭用電話機のニーズは下がりつつありましたが

それでも20代後半~30代前半で結婚し

新居を構える際、新しくそろえる家電製品の中に

まだ電話機が入っていた時代です。

 

家庭用電話機の受信ユニットも

アナログからデジタルに変わり

サイズが劇的にコンパクトになることから

思い切ったデザインを提案する事にしました。

 

ターゲットユーザーは20代後半~30代の

新しく新居を構えるにあたり電話機を購入する

お客様です。

新居のインテリアに合うオシャレなデザインで

デジタルの先進性が感じられる表現を

コンセプトにしました。

 

従来の家庭用電話機のデザインは

親機+コードレス子機が基本でしたが

JD-N77CL のデザイン開発

でもご紹介しました様に

家で使うのは子機が主体で

親機はほとんど使われなくなって来ていた為

電話機の姿をした親機は

思い切って無くすことにしました。

とは言っても機能的に電源と電話線を繋ぎ

子機にワイヤレスで送信するモノは必要です…

 

実は写真の子機が置いてある四角い箱が

従来の親機に当たるモノになり

四角い箱+子機 が従来の

親機+子機 相当になります。

 

また従来のコードレス子機は

手で持って通話する時の持ちやすさや

聞きやすさ・話しやすさを重視して

デザインされてました。

耳から口元までの長さがあり

スピーカー部は耳に密着して音漏れしない様

直径26mm深さ**mmの球面の

ざぐりを入れる…

マイク部は口元に近づけながらも

一定の距離を保つ位置に…

ボタン類は通話時に顔に触れない様に

など様々な条件を満たす必要がありました。

 

しかし

携帯電話の登場とデバイスの技術革新により

上記の条件は必ずしも必要ではなくなります。

性能が良くなったスピーカーとマイクは

必ずしも耳を密着しなくても聞こえるし

口元になくても音が拾えるようになりました。

ボタン類はフラットキーになり

顔に当たっても誤操作せず

携帯電話に馴れてくると気にもならなく

なってきました。

 

また上記のような条件を満たす様に形を創っていくと

正面がゆるやかなS字を描くオーガニックな形状

になって来ます。

この電話機(子機)独特の形状は

通話時はいいのですが

未使用時にリビング・ダイニングの

キャビネットやテーブルの上で

独特の存在感を放ちます。

 

私たちは、今までの「通話時の使いやすさ」

にフォーカスしたデザインから

「未使用時のインテリアの中での佇まい」

も意識した

よりシンプルでコンパクトなデザイン

を目指しました。

 

 

チームでデザインする。

この電話機のデザイン開発では

私と女性デザイナーのKさん

それとグラフィクデザイナーの I さんの

3人で取り組みました。

 

当時私は、上司のH所長から

携帯電話ライクな

デジタルなイメージを強く押し出した

薄くて先進的なデザインを検討する様

指示されており

 

たしかにそういう方向もあるとは思ったのですが

この電話機のデザインは

後々ファクシミリの子機としても展開するため

先進的な携帯イメージというよりは

新しい技術を使いながらも親しみを感じる

ファミリーライクなデザインの方がいいのではと

漠然と感じていました。

*当時家庭用ファクシミリのメインユーザーは

小学生位のお子さんがいるファミリー層だった

 

先進的な携帯イメージのデザインを進めながらも

アイディアに行き詰まっていた私は

デジタル感を持ちながら親しみを感じる様な

デザインイメージを考えてみてくれないか?

とグラフィックデザイナーの Iさんに頼みました。

 

Iさんは前出のN77CLでも

パッケージデザインだけでなく

カラーバリエーション検討などを含め

一緒にデザインして来たメンバーだったので

何かヒントになるものを出してくれるのでは?

と思っていたからです。

 

しばらくすると期待通り Iさんから

「こんな感じはどうですかね?」と

白物家電からイメージした

ラフイメージが提示されました。

 

4コーナーのRを大きめにとり

わずかに上方を台形状にしぼった

シンプルな棒のようなイメージのデザインです。

「これはいいかも!」と感じた私は

もう少し必要なキーをレイアウトして

デザインスケッチをまとめてもらい

 

A:薄くて先進的な携帯ライクなデザイン

B:先進感を持ちながらも親しみのあるデザイン

の2案でデザイン検討を進めることにしました。

 

とはいうモノの

Iさんはグラフィックデザイナーなので

図面は引けません…。

そこで女性デザイナーのKさんに

イメージスケッチをベースに

図面を引いてもらうことにしました。

グラフィックデザイナーと

プロダクトデザイナーの共創です。

 

実はKさんは、このプロジェクトが始まる際

今回のデジタルコードレスのイメージサンプル

としてコードレス LEDランプを参考品として

購入してくれてました。

 

4コーナーが丸い正方形の薄い板状の充電器に

4つのすり鉢状の凹があり

その凹に円筒形のランプをのせて充電し

使用時にはコードレスで自由な場所に置いて

使えるという生活雑貨品でした。

 

このコードレスLEDランプと充電器のイメージが

今回のデザインのアイディアベースにも

なっています。

 

このA案・B案のデザインはどちらも好評で

デザインアンケートでも割れて

なかなか方向性が決まりませんでしたが

 

最終的にはファクシミリとも相性が良く

携帯電話ライクというより

新しさと親しみやすさを感じる

B案でデザイン決定しました。

 

奇しくもこのデザインが決定した企画会議の日

プラマイゼロから似たようなコードレス電話が

発表されました。

 

トラック楕円をストレッチして

くの字に曲げたような子機を

立方体の充電器に差し込むようなデザインです。

 

深沢直人さんがデザインしたこの電話機は

シンプルで今までの家庭用電話機にはない

新しいイメージを醸し出していましたが

実物を見ると結構大きく

女性が片手で持つには少し大きすぎるかな?

という感じでデザインでは我々の方が勝ったな。

と、個人的には思っています(笑)

 

 

デザインのこだわり

この電話機のデザイン開発では

今までの電話機の開発では出来なかった

物理的な設計条件やコスト的な条件を覆す

幾つかの事にトライしています。

 

① 冒頭のスピーカー部の設計条件や

フラットキー(タクトSW)を採用したこと。

 

② 電池蓋のラインを消す

従来の子機のバックキャビには

充電池を入れ替える為の蓋があり

バックキャビと蓋の間に線が出てしまいましたが

このモデルでは子機を充電器に自由な方向に

置ける様にしたかったので

バックキャビと電池蓋のラインを無くすために

電池部蓋でバックキャビ全体を覆う構造を採用。

 

③ バックキャビ(電池蓋)の塗装

従来の子機のバックキャビは

塗装はされていませんでした。

クレードルと呼ばれる充電器に置くため

背面が擦れて塗装が剥げるからです。

今回の子機は充電台に立てて置くのですが

中央にに3mmほどの

凸(充電器側)凹(子機側)を設け

傾きや揺れが生じても倒れないように設計し

普段は子機本体が充電器に触れないような

構造にしました。

 

またこのモデルでは

・パールホワイト

・ブラックメタリック

・レッドメタリック

の3色のカラーバリエーション提案しましたが

中でもレッドメタリックは携帯電話などで

良く使われていた高輝度インクを使った3工程の

塗装を採用するなど

とても高コストな仕上げを施しましたが

これも家庭用電話機では初めての事でした。

 

④ プラスのカーソルキーをデザインアイコンに

電話帳検索やリダイヤルなど

ファンクションの切り替えによく使われる

カーソルキーをプラス型にし

デザインのアクセントにするとともに

シリーズのデザインアイコンにしました。

このプラスのアイコンは背面のスピーカー穴や

先ほどの充電台センターに設けた子機の倒れ防止

の為の凸形状にも反映させています。

 

①②③などはどれもコストアップ要因で

製造コストが厳しい家庭用電話機では

中々実現できない事でしたが

今回、思い切って親機を無くした事でその分

子機の設計や仕上げにコストを回す事が出来

今までできなかったデザイン表現が

実現できたと思っています。

 

プロモーションにおいても

デザイン性を全面的にアピールするため

インテリア雑誌等にも記事を掲載しましたし

発売後のユーザーハガキ(アンケート)でも

デザインが気に入って購入して頂いたお客様が

ほとんどで

この頃流行りだしていた個人ブログなどでも

「デザインが気に入って購入しました」

という様な記事をいくつも目にするなど

デザインに携わる者としては嬉しい限りでした。

 

当然、私や  Iさん・Kさんも

この電話機を自宅用に購入しましたし

私は今でも現役で使っています…。

 

 

リッツカールトン大阪

 

 

もう1点、嬉しいことがありました。

実は当時の(2006年~)

リッツカールトン大阪の宿泊ルームで

この JD-S10 が使われていたのです。

通常ホテルなどでは

ビジネスホンが使われることがほとんどで

一般の家庭用電話機が使われることは稀です。

理由は不明ですが…

ホテルのインテリアコーディネーターが

デザインでチョイスしてくれたとしたら

とても光栄で嬉しいことです。

 

ちなみに 通常 家庭用電話機は

2年でモデルチェンジだったのですが

このモデルは5年間継続生産という

ロングライフ商品になりました。

 

この商品開発を通じて私は

デザイナーが本気で

真剣に向き合ってデザインした商品は

必ずお客様にその思いは通じると

確信することが出来ました。

 

そしてこうした様々な嬉しいことが重なり

この電話機が私にとって最も想いで深い

商品の1つになりました。

 

 

最後に…

この電話機のオリジナルデザインを提案した

グラフィクデザイナー Iさんは

この仕事を切っ掛けに

プロダクトデザイナーに転身…

現在は電子レンジや冷蔵庫の

デザインマネージャーとして活躍しています。

これもとても稀なケースで

誰でも出来る事ではないと思います。

 

また女性デザイナーKさんも

現在は洗濯機のデザイナーとして

プロダクトデザインやプロモーションデザイン

で力量を発揮してくれてます!

 

 

 

 

 

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