私は関西の大手家電メーカーで
プロダクトデザインの仕事を
37年間やっていますが
こちらのブログでは、私が今まで携わってきた
想いで深い仕事についてもぼちぼち紹介させて
頂きたいと思います。
最初にご紹介するのは
2003年にデザインした家庭用の電話機です。
この当時はまだ携帯電話も普及しておらず
1家に1台家庭用電話機があった時代です。
私はそれまで海外向けの商品
電子レンジ/クリーナー/エアコンなどの
白物家電を経験した後、転勤となり
今度は電卓や電子手帳といったビジネス系小物の
商品デザインを担当。 そしてその後
海外向けのファックスを担当していました。
海外向けのファックスというのは
ビジネス向ですので、機能と価格重視
デザインはシンプルで装飾的な要素は少なく。
しかしそんな中でも造形的な美しさや魅力を
いかに取り込めるか。 といったところが
デザイナーの腕の見せ所でした。
ちゃんと使いやすい配慮がされていて
必要なものが必要なところについている
機能を美しくシンプルにまとめたデザインです。
コスト(原価)的な条件も厳しく
外観塗装なども出来ません。
割りきるところは割りきり
最低限必要な本質的なところを抑えながら
デザインの付加価値をいかにして加えられるか
という仕事ですね。
そんな私が今度は国内向けの電話機のデザインを
担当することになりました。
当時の電話機市場は丸っこい形にチルト式の
ディスプレイが付きボタンやディスプレイが
黄色や緑・赤などまるでネオンの様にチカチカ
光るものが席巻しており…
またそれが売れていました。
しかしお世辞にも良いデザインといえるような
モノはなく、そんな折デザイン雑誌などでも
日本の家電メーカーの電話機デザインはなぜ
あんなにひどいのか?
もう少しマシなデザインは出てこないのか?
といった記事も目にする様になって来たり
インテリア雑貨のお店では
高級オーディオメーカーB&Oをはじめとした
海外メーカーの電話機を輸入し販売する店も
出始めてきました。
しかし海外の電話機はデザインが優れているもの
も少なくないのですが
必ずしも日本の使い方に合っていなかったり
価格が割高だったりで
よほどデザインにこだわるユーザーしか
購入しなかったのではと思います。
私は家電メーカーのデザイナーとして
日本人が使いやすく、価格もリーズナブルで
デザインも良い!
という商品を早く出さなければ…
という思いで焦っていました。
K氏とのデザインワーク
そんな時
私のチームに新しい上司K氏が赴任してきました。
彼は私の後輩でしたが
長年本社部門の先行開発チームで経験を積んだ
優秀な若手デザイナーで
我々電話機のチームに来ると早々に
今迄の電話機デザインの方向を変えるデザインを
提案してきました。
チルト機構無し・イルミネーション無し
余計な装飾も無し
しかしインテリアにフィットし
なにか愛着を感じるデザイン…
当時市場を席捲していた過飾デザインとは
正反対のものです。
これが通れば我々の電話機デザインの方向性を
一気に変えることが出来ます。
私はデザイン室長と一緒に企画会議の席に臨み
この新しい電話機デザインを提案しました。
事業部長・営業部長は現行モデルからの
デザイン変更は真向反対でしたが
事業本部長はしばらくジ~っと考えた上で
このデザインで進めるよう決断されました。
現状のネオンテイストも長く続いていたので
そろそろ変え時だと判断されたんだと思います。
商品企画会議の席では一悶着ありましたが
無事、商品化に進めることが出来ました。
余計な機構や電気部品を省いたので
当然コストは今までより下がり
デザインも良かったのでこの商品は売れました。
この仕事を彼と一緒にやる中で
彼のデザインに対する強いこだわりや
アイディアの出し方・アプローチの仕方
デザインという仕事に対する責任感やプライド
私自身が今まで経験してきた事とはまた違った
多くの事を学ばせてもらいました。
コードレス子機付き電話機 JD-N85CL
<2002年>
そしてこの後
前出の JD-N75CL の上位モデルの
JD-N85CL を私がデザインすることになります。
前モデルでデザインの方向性を大きく変えた以上
次のモデルではその方向性を引継ぎ
さらに進化したモノを表現する必要があります。
機能的な事は勿論、デザインもです。
機能的にはこの頃普及し始めたインターネットに
対応したIP電話機能対応になり
インターネット回線を利用し且つ
追加料金を払うことでローカルナンバーが使える
というものだったと記憶してます。
私達はこの新しいIP電話対応の表現を
デザインのポイントにしながら
本体のデザインも
下キャビがシルバーの器に白いキャビが
覆われてる様な今までにないキャビ構成に
操作部はN75のデザインイメージをベースに
ディテールの質感を上げたイメージで
デザインをまとめて行きました。
また子機もこのモデルから
IP対応のニューモデルとなり
本体同様IP通話時にインジケーター表現にも
情緒的なグラフィクを用いたり
充電器のデザインも本体デザインに合わせ
シルバーの器に入れる様なデザインに
表現を合わせました。
この仕事は、私にとって様々なデザインに対する
考え方を変えるきっかけになりました。
ビジネス向けのファックスデザインでは機能的な
モノの美しさ・理にかなったデザインのみを意識
していましたが
この家庭用電話機では、リビングなどの生活空間
にフィットするデザインテイストや
生活ツールとしての使いやすさは勿論ですが
使う楽しみや部屋に置きたくなるデザインなど
情緒的なデザイン価値
というのを強く意識するようになりました。
私に様々な新しい気付きを与えてくれたK氏は
この後急速に伸び始めた携帯事業部へ転勤となり
家庭用電話機デザインは私が引継いで行くことに
なりました。
電話機デザインの方向性を大きく変えてくれた
K氏の後、ショボいデザインで売上を下げ
それ見たことか! と言われない為にも
この新しい方向性を保ち・進化させることが
私のミッションとなり
身の引き締まる思いをした事も
今ではとてもいい思い出です。
K氏は後年退職し違う道へ進みましたが
彼と共に仕事をしたこの2年余りの期間は
私にとって、とても思い出深い時期であり
彼には今でも感謝しています。